2 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:32:59.51 ID:gqqE16SP0
わたしには、たったひとりのお友だちがいます。
いつもわたしの体の中にいて、いつもおはなししてくれます。
でも、お父さんはそんなわたしを見て、気持ちのわるい子だと言います。
それに、お母さんもそんなわたしを見て、耳ざわりだからだまれと言います。
それでもわたしにはお友だちがひつようなんです。
たいせつなたいせつなおともだち、いっしょにいるだけでわたしは幸せです。
いつまでもいつまでもわたしたちはお友だちです。
それだけで幸せだから、ほかには何もいりません。
ね? そうだよね、ミセリちゃん?
……そう、私達はいつまでも一緒よ。他には何もいらない……
4 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:35:07.23 ID:gqqE16SP0
4、「Prologue」
三日月と星だけが暗い夜空に瞬き、窓の外は黒一色に染まっている。
そんな中、室内灯の光だけで照らされた自室の中で、俺は単純な繰り返しの動作を行っていた。
床に対して垂直にたてた腕を、曲げては、伸ばす。その繰り返し。
曲げる際は出来るだけ遅くし体を支え、伸ばす際は勢いよく地を押すように伸ばす。
こうして筋肉の持久力を高めると共に、速筋も鍛える。
独特な方法の腕立て伏せを繰り返す事で、自分の筋肉に刺激を与えながら、俺は汗を流していた。
風呂に入る前のこの鍛錬は、野球部に入ってからの日課になっている。
( ,,゚Д゚)「ふっふっ、ふっ」
ちょうど200回を終え、時刻を確認すると、時計の針は10時をさしていた。
それを確認した俺は、区切りが良いので風呂に入ろうと立ち上がる。
その時、今まで無音だった俺の部屋に、携帯の鳴る音が響いた。
5 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:36:50.50 ID:gqqE16SP0
こんな時間に誰だと不審に思いながらも、携帯を手に取り、液晶画面を見てみる。
すると、液晶画面に表示されていたのはしぃの電話番号だった。
それを確認した俺はすぐに通話ボタンを押した。
( ,,゚Д゚)「もしもし、俺だゴルァ」
『あ、ギコ君? あのね、その……』
( ,,゚Д゚)「あ? どうしたんだこんな時間に?」
『……ツンちゃんの家とね、全然連絡がつかないの』
( ,,゚Д゚)(ツンか……)
ツンという名を聞いて、俺は今日の学校でのブーンとのやりとりを思い出した。
ブーンの話によると、今日、ツンの家で飼っていた犬が、何者かに殺されたらしい。
その所為で、今日はツンが休みなので一人で登校して来たと、教室でブーンに伝えられた。
その話をしていた時のブーンは、何かいつもと違った印象があったのを、今でも覚えている。
まるで既に覚悟していたかのように、落ち着いたその態度。淡々と事実だけを伝える口調。
いつものおとぼけて、頼りないブーンの様子は微塵も感じられなかった。
8 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:38:39.90 ID:gqqE16SP0
『ギコ君?』
( ,,゚Д゚)「………」
『ギコ君、ねえ、聞いてる!?』
(;,,゚Д゚)「あ? ああ、すまねえ。で、ツンがどうしたって?」
『ツンちゃんの家に、何回も電話してみたんだけど誰もでないの。
ペスの事もあるし、何かあったんじゃないかな?』
( ,,゚Д゚)「……もう寝ちまっただけじゃないのか?」
『それは無いよ。だってまだ九時だし、いつもツンちゃんはこの時間は起きてたし』
( ,,゚Д゚)「あ〜、きっとあれだ、わかったぞしぃ。きっともう寝ちまったんだよ」
『ギコ君、ふざけないで!!』
(;,,゚Д゚)「す、すまねえ」
『……それでね、しぃね、今からツンちゃんの家に様子を見に行きたいの』
11 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:40:27.76 ID:gqqE16SP0
( ,,゚Д゚)「は?」
『ダメ、かな?』
しぃだって、殺人犯がうろついているかもしれない時に、一人で出かけると言い出すほど馬鹿じゃない。
この言葉は、俺と一緒にツンの様子を見に行きたい、という事を暗に秘めているのだ。
確かにツンの事は俺だって心配だ。
電話が繋がらないっていうのも気になる。
しかし、こんな夜にでかけて、自分達の身も危険に晒すのは馬鹿げている。
そう思った俺は、電話の向こうのしぃに抗議の声を上げた。
( ,,゚Д゚)「な、何言ってんだゴルァ!!」
『で、でも……』
( ,,゚Д゚)「今がどういう状況か分かってんのか!?
もう、夜も遅いし、連続殺人犯がうろついてるかも知れねえんだぞ!!
それに、」
『でも、ツンちゃんの事が心配なの!!』
( ,,゚Д゚)「……明日じゃ駄目なのか?」
15 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:43:07.42 ID:gqqE16SP0
『………ギコ君、お願い』
( ,,゚Д゚)「………」
『……ギコ君」
( ,,゚Д゚)「ちっ、わかったよ」
『本当!? ありがとう!!』
( ,,゚Д゚)「ただし、俺がしぃの家に行くまで、おとなしく待ってるんだぞ」
『うん、わかった。ちゃんと家で待ってるね』
そうしぃが言った後、通話は途切れた。
まったく、しぃの心配性にも困ったものだ。
それに、しぃにお願いされただけで、断りきれない俺もつくづく甘い奴だと思う。
でも、もう約束してしまったものは仕方が無い。
しぃを長い時間、待たせる訳にもいかないので、さっさと外出する準備を済ませた俺は、
親に気付かれないように、玄関に移動し、靴を履いて外に出た。
後は、殺人犯に出くわさない事を祈るだけだった。
18 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:44:49.85 ID:gqqE16SP0
( ,,゚Д゚)「ふぅ、何とか来れたな」
(*゚ー゚)「誰とも会わなかったね」
しぃの家で彼女と合流した俺は、誰とも出くわさずにツンの家まで来る事が出来た。
まあ、しぃの家からツンの家までは数分足らずで着くので、さほど心配する事も無いのだが。
そうこう俺が考えている内に、しぃがインターホンのボタンを押すが、しばらく待っても反応が無い。
もう一度、押してみるが結果は同じだ。
家の中からは物音すら聞こえてこない。
電気も点いていないようだし、今日は早めに寝てしまったのだろうか。
(*゚ー゚)「……あっ、鍵が開いてるよ」
( ,,゚Д゚)「え?」
ドアノブを掴んだしぃが呟いた。
その言葉通りにドアが徐々に開かれ、静まりかえった室内の鉄臭い空気が漏れだす。
22 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:47:05.91 ID:gqqE16SP0
(;,,゚Д゚)「勝手に開けちゃまずいだろが!!」
(;゚ー゚)「ご、ゴメンなさい」
しかし、ツン達が寝ているのだとしたら、ドアに鍵がかかっていないのは変だ。
近くで殺人事件があったというのに、開けっぱなしなんて不用心すぎる。
( ,,゚Д゚)「……ちょっと覗いてみるか」
(;゚ー゚)「さ、流石にそれは駄目だよ……」
( ,,゚Д゚)「大丈夫、ちょっとだけだ」
しぃの静止を振り切り、俺は玄関に足を進める。
そして、リビングを覗いた俺の目に映ったのは、無残に切り取られたツンの母親の生首だった。
(;,,゚Д゚)「うっ!!」
(*゚ー゚)「え、どうしたの?」
(;,,゚Д゚)「み、見るな!!」
俺の後ろから、中の様子を探ろうと、
身を乗り出してきたしぃの目を、手で塞ごうとしたが、遅かった。
その無残に殺害された亡骸を見て、彼女は息を呑み、
25 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:49:41.87 ID:gqqE16SP0
(;゚ー゚)「ツ、ツンちゃんは!?」
(;,,゚Д゚)「お、おい!!」
悲鳴を上げる、と思った俺の予想は外れた。
そのまましぃは、土足で家に入り、前方に見える階段を上って行った。
一瞬、呆気にとられたが、すぐに気を取り直して、俺もしぃの後を追いかける。
すぐに階段を上り終え、ツンの部屋であろう場所に入ると、彼女が呆然と立ち尽くしていた。
そんな彼女の前には、顔の原型を留めていない男の死体が転がっている。
きっと、ツンの父親だろう。
その変わり果てたあまりにも惨い姿に、目を逸らした。
(;,,゚Д゚)「くそっ!!」
(*゚ー゚)「ツンちゃんがいない」
( ,,゚Д゚)「え?」
こんな惨状の中、悲鳴も上げず、未だにツンの心配をしているしぃに息を呑む。
目の前に死体が転がっているのに、なんで平静にしていられるんだ。
いや既にこの時点で、しぃは平静などでは無く、彼女の意識は常軌を逸していたのだ。
27 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:51:45.26 ID:gqqE16SP0
(* ー )「ツンちゃんがいないツンちゃんがいないツンちゃんツンちゃんツンちゃんツンちゃん」
(;,,゚Д゚)「ど、どうしたんだよ」
(*゚ー゚)「そうだ探しに行かないと!!」
( ,,゚Д゚)「おい、ちょっと待てって、まずは警察に」
(*゚ー゚)「どいて!!」
(;,,゚Д゚)「どぅわ!!」
しぃにいきなり突き飛ばされ、俺はその場で尻もちをついた。
そんな俺の横をは走りぬけ、階段を駆け下りた彼女は、玄関から外へと去っていく。
( ,,゚Д゚)「あの、馬鹿!!」
叱咤しながら立ち上がり、俺はすぐにその後を追いかけた。
階段を下りて、台所を通り過ぎ、リビング近くの玄関へ。
「ごめんなさい」
そして、外に出ようとした時、微かにリビングから声が聞こえてきた。
誰かいるのかと不審に思い足を向けてみる。
しかし、そこにあったのは、先程も確認した、ツンの母親の死体だけ。
ついに吐き気を催してしまった俺は、半ば逃げるようにその場を後にした。
30 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:54:02.92 ID:gqqE16SP0
(;,,゚Д゚)「くそっ、しぃの奴、どこに行ったんだ」
そう呟きながら俺は、夜の冷気が支配する道路の上を走っていた。
俺の視界の中にしぃの姿は無い。
完全に見失ってしまった。
ツンの家で一瞬立ち止まったのがいけなかった。
俺が外に出た頃には、しぃはどこかに行ってしまった後だったのだ。
(;,,゚Д゚)「ゴ、ゴルァ」
全速力で暗い町中を走りながら、しぃだったらどこに行くかを考える。
あの家の惨状を見れば、ツンも襲われた事ぐらい嫌でもわかる。
また、あの家をくまなく探した訳では無いが、少なくともしぃは、
あの家にはツンがいないと思っているような言動をしていた。
ツンがいないという事は攫われたという事。
ツンを探しているのだから、ツンがいそうな場所に行く筈だ。
それはつまり犯人がいるであろう場所でもある。
そう踏まえた上で、しぃの行きそうな場所は。
34 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:55:29.19 ID:gqqE16SP0
( ,,゚Д゚)「事件現場の路地裏か!!」
しぃが今回の殺人犯について知ってる事なんて、それぐらいしか無い。
なら、まず最初に向かうのはそこに決まっている。
すぐに俺は進行方向を変え、現場へと続く道に急いだ。
急げと体に命じると、足のつま先から、
脹脛、太ももまでの筋肉が伸縮する事で、応えてくれる。
さらに、速度を上げた俺は、横道に入って、路地裏に入った。
しぃはきっとこの周辺にいる筈だ。
40 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 18:58:34.54 ID:gqqE16SP0
そのまま辺りを見渡しながら、探していると、話し声が聞こえてきた。
しぃがそこにいるのか、と思った俺はその場で足を止め、声がした方の様子を探る。
从 ゚∀从「……いつ、追って来なかったな、逃げたか?」
その少しひらけた場所には、どこかで見た事がある女性と、黒一色の何かが立っていた。
こちらに背を向けたその女性は、死人と見間違うほど手が白く、
その白い肌と対象的な黒髪が夜風にそよいでいる。
しかし、その死人のような肌とは対比して声は明るく、男のような喋り方だった。
もう片方の黒一色の何かは、暗くてこちらからでは良く見えない。
ただ、黒い何かがそこにあるという事だけが確認できた。
从 ∀从「逃げたとなると、また探さねーとなぁ」
そのまま覗き見ていると、不意に、女性が体の向きを変える。
すると、横道から、ナイフを持った誰かが現れた。
顔は影に隠れて良く見えないが、手にしたナイフだけが、闇の中で輝いている。
そいつは忍び足で女性の背中に近づいて行き、そして、ナイフを振り上げた。
( ,,゚Д゚)「危ねえええええええええええ!!」
既に、二人の人間の死体を見てきている俺は、もう誰にも死んで欲しくなかったのかもしれない。
なりふり構わず俺は駆け出していた。
そのまま、狙われていた女性とナイフを持った誰かの間に割り込む。
44 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:03:49.48 ID:gqqE16SP0
(;,,゚Д゚)「ぐぅああああああああああああああああああああ!!」
从;゚∀从「ちっ、馬鹿が」
そんな俺の、ナイフから女性を守るように突き出した左腕に、ナイフが深く喰い込んだ。
激痛と同時に左腕から、
何かが吸い取られていく感覚がする。
そして、左腕の感覚が全く感じなくなった俺の意識は、徐々に薄れていく。
( ゚ω゚)「……!!」
そんな俺が、意識が途切れる寸前に見たモノは、
歯が欠け、顎も外れている口の周りを、真紅に染めていた、ブーンの姿だった。
47 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:05:56.53 ID:gqqE16SP0
ブーン達と出合ったのは、まだ俺が餓鬼だった頃だ。
何を血迷ったのか、その頃の俺は全く他人とつるまず、一人でクールぶってるのがかっこいいと思っていた。
当然、仏頂面して一人で立ってれば、誰も近寄っては来ない。
おかげで友達なんて言える奴は一人もいなかった。
正直、寂しかったと思う。
でも、一度作っちまったキャラをぶち壊すのは中々難しい事だ。
そもそも、どう他人と接していいのか分からない。
まだ、幼いのだから、素直に子供同士で楽しめばいいだけだというのに、俺にはそれが出来なかった。
「ねえ、君もしぃ達と遊ぼうよ」
そんな馬鹿な俺に、初めて優しく声をかけてくれたのがしぃだった。
「ツンちゃん、いいよね?」
「ん? 別にいいわよ。あんたも、私の部下にしてあげる」
本当に心の底から嬉しかった。
もちろん、部下にしてもらえた事に対してでは無い。
49 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:08:26.54 ID:gqqE16SP0
皆が避けた一人の俺に話しかけてくれた。
見向きもされない孤独な俺を見てくれた。
本当にただそれだけで、涙が出てくるほど嬉しかったのだ。
「おっおっ、これで僕一人に任されている荷物運びが楽に……って、泣いてるのかお!?」
「ちょ、ちょっと、なに急に泣きだしてんのよ!!」
「荷物運びがそんなに嫌なのかお!? それともツンの顔が怖いかr」
「セイッ!!」
「おがああああざああああああああん」
「だ、大丈夫!?」
「ああ、何でもねえぞゴルァ」
泣き顔が見られたくなかった俺は、しぃから顔を逸らしながら呟く。
そして、涙を拭いた俺が見たのは、笑顔で手を差し伸べてくれているしぃの姿と、
ツンのドロップキックをまともに喰らって吹っ飛んだ、ブーンの姿だった。
それからは、俺達四人でお互いを支え合うようにいつも一緒にいる。
もちろん、これからもずっと。そう思っていたのに――――
54 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:10:56.11 ID:gqqE16SP0
从 ゚∀从「起きろ!!」
容赦無い平手打ちが、倒れていた俺の頬を打つ。
その痛みに目を覚まし、体を跳ね起こすと、今度は左腕に痛みが走った。
(;,,゚Д゚)「くっ!!」
从 ゚∀从「お、起きたか」
痛みの発生源を見てみると、綺麗にタオルが巻いてある。
そして、すぐ横には、俺を見下ろすように、色白の女が立っているのと、足元に大きめの鞄が置いてあるだけで、
あの黒い何かの姿も無ければ、狂気に染まったブーンの姿も無かった。
从 ゚∀从「応急処置はしておいてやった。後は自分で病院にでも行くんだな」
それだけ伝えると女は俺に背を向けて、満天の星空を見上げた。
顔の動きにつられ、黒髪はそよぎ、嗅いだ事も無い何かの薬品のような匂いが、俺の鼻を刺激する。
その姿に異質なものを感じながらも、現状を理解するために、俺はゆっくりと立ち上がりながら口を開いた。
57 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:13:07.71 ID:gqqE16SP0
( ,,゚Д゚)「あんた、何者だ?」
从 ゚∀从「……聞いてどうする?」
( ,,゚Д゚)「俺をさっき刺した奴は、大切な友人なんだ。
でもあいつは、ブーンはあんな事をするような奴じゃ無い!!」
从 ゚∀从「………」
気を失う直前に見た親友の異常な姿を思い出し、語尾が強まる。
しかし、未だに目の前の女はこちらに背を向けたまま振り返らない。
( ,,゚Д゚)「あんたなら何か知ってんだろ!?
俺はあいつを助けてやりたいんだ、頼む教えてくれ!!」
从 ゚∀从「……そんなに知りたいのか?」
( ,,゚Д゚)「ああ、頼む」
从 ゚∀从「教えてやってもいいが、そのかわり……」
俺の熱意が伝わったのか女こちらに振り向いた。
そして、その歪んだ笑みの唇を、ゆっくりと開く。
61 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:14:48.80 ID:gqqE16SP0
从 ゚∀从「一発、やらせろ」
(;,,゚Д゚)「ゴ、ゴルァ?」
从 ゚∀从「ずっと溜まっててな。たまには若い男の汁でも吸いたいんだよね」
( ,,゚Д゚)「ふざけんな!!」
从 ゚∀从「チッ、お固い男だな。まあいっか、教えてやるよ。
さっきの男は憑かれてんのさ」
( ,,゚Д゚)「は? 憑かれる?」
从 ゚∀从「そう、さっきの奴は霊に憑かれてる」
突飛な発言に驚きを隠せず、俺は息を呑んだ。
いきなり、霊だの、憑かれてるだの言われたって、信じられる筈が無い。
そもそも、いきなりやらせろとか言う女を信じる奴はいない。
从 ゚∀从「信じられないって顔してんな」
( ,,゚Д゚)「あたりまえだゴルァ。いきなり幽霊だなんて言われて信じられるか!!」
从 ゚∀从「じゃあ、何故信じられない? 見えないからか?
見えないからと言って、存在しないと決めてしまうのはおかしいだろ?」
64 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:16:31.64 ID:gqqE16SP0
( ,,゚Д゚)「それは……」
見えないからと言って、いないと決めつけてしまうのは確かにおかしい。
存在の肯定を証明するのは簡単だ、それを見つけてくればいいのだから。
けれど、存在の否定というものはこの世の全てを調べなければならないため、非常に難しい。
从 ゚∀从「それに見える奴だって、少なからずはいる。
まあ、世間の一般常識人共は、精神障害による幻覚だと言いやがるがな」
( ,,゚Д゚)「じゃあ、もし幽霊が実在したとする。そしたらこの世は幽霊だらけになってるじゃねぇか。
いったい何人の人間が毎日死んでると思ってんだ」
从 ゚∀从「全ての人間が霊になれるという訳じゃあ無いんだよ。
……人間が最後に考える事は何だと思う?」
( ,,゚Д゚)「え?」
从 ゚∀从「大抵の人間は、死にたくない、もっと生きていたい、と考える。
けどな、どんな生物だって持ってるような、生存本能如きでは霊にはなれない」
( ,,゚Д゚)「………」
从 ゚∀从「死ぬ直前でさえも、己の未練を抱き続ける事が出来るある意味で狂った人間。
そんな人間の意志が、霊志となり霊が生まれるのさ」
68 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:18:59.50 ID:gqqE16SP0
つまり、命乞いをするような軽弱者は、幽霊にはなれないという事か。
でも、逆に考えると死ぬ瞬間に、生きていたいとは考えず、
未練の事さえ考えていれば、どんな弱い意志でも霊になれるという事になる。
( ,,゚Д゚)「おい、霊志ってのは何だ?」
从 ゚∀从「霊が存在する為に必要なエネルギーみたいなもんだよ。
意志が強ければ強いほど、霊志も強く多くなり、長い時間この世にいられる。
逆に弱ければ、そう長くはこの世にはいられない。そして、共食いが始まるんだ」
(;,,゚Д゚)「共食いだと?」
从 ゚∀从「そうだ。己が存在し続けるために、霊同士で喰らい合う。、
他にも今回の霊のように、人間にとり憑いて、そいつの意志をそのまま喰らう奴もいるがな」
( ,,゚Д゚)「とり憑かれた人間はどうなるんだ?」
从 ゚∀从「その場合は、半ば洗脳された状態になる。なんせ、自分の意志をそのまま喰われるんだからな。
それに霊が人間にとり憑くと、本来、自壊を防ぐためにセーブされている筋肉を、
限界まで使うために、その人間の肉体は徐々に破壊されちまう」
( ,,゚Д゚)「じゃあ、さっきのブーンは……」
70 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:20:41.71 ID:gqqE16SP0
从 ゚∀从「ああ、十中八九憑かれてる。
そして、そういう悪霊を狩るのが霊媒師って呼ばれてる奴らや、
俺のような霊を喰らって糧とする、霊喰師って奴だ」
( ,,゚Д゚)「霊喰師……」
从 ゚∀从「今回、この町には殺人事件のニュースを見てきたんだ。
未練がある人間が死ねば、その意志が弱くても確実に霊は生まれるからな。
ちょうど、小腹も空いていたし、フラっと立ち寄ってみたって訳d」
そこまで女が言った時、その傍らに空から黒い塊が降って来た。
風を切る音もたてずに舞い降りたその物体は、地表すれすれで一度静止した後、
ゆっくりとアスファルトの上に己の黒い影を落とす。
(;,,゚Д゚)「う、うわぁっ!!」
突然の出来後に驚きの声を上げた。
目の前に落ちてきた物体の形は人型、しかし、人では無い。
黒いコートからだらしなく垂れでた左腕は、人肉では無くただの木でできていた。
夜の中でも際立つその無機質な木偶人形の姿は、死神を連想させる。
女はそんな人形のそばにより、肩に手を置いて目をつぶった。
73 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:23:10.19 ID:gqqE16SP0
从 -∀从「おお、逃げたウサギは見つかったか。ごくろう、ごくろう」
( ゚∋゚)「………」
(;,,゚Д゚)「な、なんだこいつは!?」
从 ゚∀从「ん、そう言えば自己紹介がまだだったな。
俺は高岡ハインリッヒ。で、こいつは俺のタルパのクックルだ」
(;,,゚Д゚)「た、たるぱぁ?」
意味不明な言葉の連続に、俺の頭はもう爆発寸前だった。
霊についての話の時点で、ついて来るのがやっとだったというのに、
こんな普通の人間が、聞いた事も無いような言葉を、さらりと言われても困る。
从 ゚∀从「ああ〜、説明するのがめんどくせぇ。クックル、後は頼むわ。
こいつに、タルパについて教えてやってくれ」
ハインリッヒと名乗った女も、度重なる俺の質問に嫌気がしたのだろう、
眉を不自然に歪めて後、無言で直立しているクックルという人形に命令した。
すると、今まで無言を貫いてきた人形が口を開いた。
77 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:26:03.48 ID:gqqE16SP0
( ゚∋゚)「タルパとはチベット密教の修行を極めた者のみに伝えられる秘奥義の事であり、
日本の言語に照らし合わせると、人工未知霊体という言葉で表現する事が可能である。
このタルパというものは、人間が自分の意志を体内で霊志に変え、その霊志を用いる事により、
無から霊体を作り出す事をさしている。作り出すと言っても容易な事では無く、霊体を想像する際には、
イメージに揺らぎが生じない様に全体のバランスを考え、細部までを脳内世界では無く、
現実世界に重ねて想像しなければならない。この時に注意しなければならないのは、
この行為を行っていくと現実世界と架空世界の境が消失していき、重度の精神異常を来たす
場合もあり、さらにタルパ自身に自我が芽生え、想像主にとり憑き、肉体を」
从;゚∀从「だぁ〜、ストップストップ!!」
(;,,゚Д゚)「………ゴルァ?」
いきなりの長い説明に、耳がついていかない。
唯一、頭に残った部分はチベット密教という胡散臭い部分だけだ。
从 ゚∀从「まあ要するに、自分の思い通りに作れる生き霊みたいなもんだよ。
このクックルは俺の命令を忠実に聞くように作った生き霊でな、
その霊を木製の人形に憑かせて、ポルターガイストみたいに動かしてるって訳だ」
そんなクックルの意味不明な説明をハインリッヒが簡単に説明してくれた。
これなら俺でもだいたいは分かる。今までの流れを三行にまとめるとこんな感じだ。
・霊とは人が死ぬ瞬間に持っていた未練を、霊師というエネルギに変えて存在している。
・その意志が強ければ強いほど霊は長く存在出来、弱い奴らは霊同士で共食いをして生き残ろうとする。
・そんな悪霊共をこの女は狩っており、この人形は、女が創った生き霊がポルターガイストの要領で動かしている。
79 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:28:25.57 ID:gqqE16SP0
从 ゚∀从「でさ、俺も質問があんだけど、いいか?」
( ,,゚Д゚)「なんだゴルァ」
从 ゚∀从「何でお前、こんな時間に、こんな所にいんの?」
(;,,゚Д゚)「あ!!」
ハインリッヒの質問で、忘れていた重大な事を思い出した。
俺にはこんな女と話している時間など無く、いち早く、しぃを探さなければならなかったんだ。
もし、しぃが俺の推測通りにこの路地裏に来ているとしたら、
近くには悪霊に憑かれているブーンがうろついている事になる。
彼女の身が危ない。
( ,,゚Д゚)「しぃっていう女の子を、探しに来てたんだ!! あんた見なかったか?」
从 ゚∀从「……女の子、ねえ」
俺の問いかけを聞いた瞬間、ハインリッヒの表情が不気味な笑顔から無表情へと急に変化した。
そんな感情を全く示さない表情のまま、
クックルに一言二言、何かを告げると俺にまた背を向けた。
83 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:30:07.12 ID:gqqE16SP0
从 ゚ -从「ついて来て。あなたに現実ってモノを見せてあげる」
( ,,゚Д゚)「な、何を言ってん」
从 ゚ -从「そのしぃっていう女の子の所に連れて行ってあげると言ってるの!!
そこにあなたを刺したブーンって男の子もいるわ」
(;,,゚Д゚)「何だと!!」
从 ゚ -从「しぃって子を助けたいなら急いで!!」
そのままハインリッヒは駆けだし、その後をクックルが地を滑るようについて行く。
前を行く二つの影を見て、その場に一人取り残された俺も、すぐにその後を追って走りだした。
从 ゚∀从「まあ、大船に乗った気持でいろよ、なんせ俺は不死身だからな。
ハーッハッハッハイーンリッヒ!!」
先頭を走るハインリッヒが不気味な笑い声を上げる。
そんな彼女の背中が、俺を日常から、非日常へと誘っていくのであった。
86 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:32:33.37 ID:gqqE16SP0
ハインリッヒの後をついて行った俺が最初に見たのは、
最も見たくない二つの過酷な現実だった。
ブーンにしぃが殺されるのではないか、
という予想は良いように裏切られたのか、しぃはピンピンしている。
その代り、倒れたブーンの腹を切り裂き、胃袋の中の肉塊をせっせと取り出していたが。
从 ゚∀从「言っただろ、しぃって娘は助けてやるって。
ブーンって奴はクックルが見つけた時には死んでたよ」
( ,,゚Д゚)「てめえっ!!」
(*゚ー゚)「あ、ギコ君!!」
最悪の光景に、俺は怒気をはらんだ声を上げた。
この怒気が、目の前で両手を赤く染めて笑っているしぃに対しての憤りなのか、
それとも、二人共助けられるみたいな、思わせぶりな言い方をした
ハインリッヒに対しての怒りなのかは、自分でも判別がつかなかったが。
(*゚ー゚)「ねえ、ギコ君。今、しぃね、悪者からツンちゃんを取り返してたんだよ。偉いでしょ?」
(;,,゚Д゚)「つ、ツンを取り返すって……」
まさか、その右手に持ってる金色の髪が混じった醜い肉塊がツンだとでも言うのか。
じゃあ、ブーンがツンを食べていたという事なのか。
90 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:34:44.05 ID:gqqE16SP0
やめてくれ。
異常の連続に、正常な俺はついていく事ができない。
(*゚ー゚)「見て、これはツンちゃんのあ」
从 ゚∀从「黙れよ、イレモノ。憑いてんのは分かってんだ、さっさと出てきたらどうだ?」
(* ー )「……感動の再会シーンなのに、意外と短気なのねあなた」
今まで希望に満ち溢れていたしぃの目から光が消え、見知らぬ女の声が場に響いた。
しぃの表情からは、喜びの感情が失せて、殺意一色に変わっていくのが分かる。
从 ゚∀从「そいつは悪かったね。お前こそ、今回は無様に逃げないんだな」
(* ー )「本当は体を入れ替えたら、すぐに逃げ出したかったんだけど、
この体の持ち主がね、ツンちゃんと一緒じゃ無いと嫌だって駄々をこねるもんだから」
从 ゚∀从「なるほど、そんな彼女の考えを知って、その意志を喰おうと欲がでた訳だ。
馬鹿だな、お前。その欲の所為で、狩人に捕まっちまうなんてさ」
(* ー )「そうかしら? 私にはあなたが狩人なんかじゃなくて、ただの餌にしか見えないけど」
从 ゚∀从「ふん、言ってろ。お前を喰らう前に一つ聞きたい事がある」
(* ー )「何かしら?」
从 ゚∀从「何故、こんなにも人を殺す?」
95 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:39:01.27 ID:gqqE16SP0
(* ー )「………」
从 ゚∀从「長くこの世にいたいだけなら、こんな短期間にこれ程まで、殺さなくてもいい筈だ。
一人の人間に憑いてれば、日常生活に使用する意志を少し食うだけでも、結構な時間存在していられるからな」
(* ー )「……未練だからよ」
从 ゚∀从「何?」
(* ー )「私は生み出したリセミと言う女の子の未練はね、人類全ての死なのよ。
でも、そんな大それた事をするには、もっと力が必要だった。
だから、人を殺しながらその意志をも喰らう事で、その二つを同時に果たそうとしたの」
从 ゚∀从「へー、そうかい。まったく、救えねえな、そのリセミっ奴は。
さて、お喋りはここまでとするか。………殺れ、クックル!!」
命令と同時に、沈黙を押し通してきたクックルが跳躍し、しぃへと飛びかかった。
とり憑かれているしぃは、そんな迫る木偶人形の腹に、
筋繊維、全ての伸縮によって得られる力を、最大限に使い、ナイフを突き入れる。
しかし、突如空中で静止し、左へと軌道を変えたたクックルの変則的な動きにより、斬撃は空を切った。
そのまま、懐に飛び込んでしまったしぃの顔面に、強烈な回し蹴りが叩き込まれる。
96 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 19:40:45.07 ID:gqqE16SP0
(* ー ).・;'∴ 「ぐッ!!」
衝撃にしぃの体は倒れかけたが、左手のナイフに体を引張られ、無理やり態勢を立て直した。
と、同時に右手の肉塊をクックルに投げつけたが、そんなモノは人形に対しては目眩ましにさえならない。
さらに、接近したクックルの殴打が容赦無く、しぃの体を痛めつけていく。
从 ゚∀从「悪いな、年忌が違うんでね」
( ,,゚Д゚)「しぃ!!」
从 ゚∀从「おい、今は大人しくしてろ」
しぃの元へと駆け出そうとした俺の右手をハインリッヒが掴んだ。
その間も、しぃの体をクックルが破壊していく。
顎を拳でかち上げ、続く腹部への一撃で、前かがみになったしぃの体を、
そのまま背負い投げをするように、右腕一本で地面に叩きつける。
その後、倒れたしぃの喉仏に足を乗せ、体重をかけて呼吸を停止させた。
(* − )「ガッ、ッカ、ハカッ、ハッ」
( ゚∋゚)「………」
間違いない。
あの死神は命令通りに、何の躊躇も無くしぃを殺す気だ。
110 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:10:12.97 ID:gqqE16SP0
(;,,゚Д゚)「おい、話が違うじゃねえか!! しぃを助けてくれるんじゃ無かったのか!!」
从 ゚∀从「だから、助けてんだろ?」
( ,,゚Д゚)「ふざけるな!! 現に今、殺されかけ」
从 ゚∀从「殺すんだよ」
(;,,゚Д゚)「なっ!!」
从 ゚∀从「考えてもみろ、あの状況で生きてて幸せか? それはありえない。
だから、殺す事によって救ってやるって言ってんだよ」
それを聞いた瞬間、俺は右手を掴でいるハインリッヒの手を払い、
死にかけているしぃに駆け寄って、彼女の首を足蹴にしているクックルを突き飛ばした。
そして、倒れるしぃの前で両手を広げ、彼女を護るように立ち塞がる。
( ,,゚Д゚)「殺して救うなんて俺は認めねえぞ!!」
そう言い放った俺は、ハインリッヒを睨みつけた。
俺を孤独から救ってくれた彼女を今度は俺が守る。
俺の大切な人を殺させたりなんかしない。
115 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:16:23.23 ID:gqqE16SP0
(* ∀( ,,゚Д゚)
从;゚∀从「馬鹿!! 後ろだ!!」
( ,,゚Д゚)「え?」
後ろに振り返ろうとした時には、今度は俺がハインリッヒに突き飛ばされていた。
突き飛ばされた衝撃によって、そのままアスファルトの上に倒れ込んだ俺が、目にしたのは、
しぃの振るった斬撃から俺を庇ってくれたハインリッヒの左胸に、ナイフが突き刺さる映像だった。
从 ∀从「クッ……」
響いたのは短く呼吸が肺から漏れる音。
しぃは、そんなハインリッヒの左胸からナイフを勢いよく引き抜く。
(* ー )「バーカ、こんな使えない男を庇うなんてね」
(;,,゚Д゚)「おい!!」
すぐさま、ハインリッヒに駆け寄って体を揺さぶるが、どんなに動かしても反応は無い。
傷痕は、左胸の心臓の位置に深くできていた。
その位置を止血のために手で押さえてみるが、何故か血が全く流れ出しこない。
しかし、傷口から心臓の鼓動を感じとる事は出来なかった。
118 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:18:39.93 ID:gqqE16SP0
(* ー )「その様子を見ると死んだみたいね。後の問題はあの人形だけど……」
己の主が死んだから、動きを止めたのだろうか。
俺が突き飛ばしたクックルも、全く動きを見せず、糸が切れた操り人形のように地面に倒れていた。
(* ー )「ふふふ、ありがとう。あなたのおかげで助かったわよ、ギコ君」
こんな最悪の状況を作り出してしまったのは全て俺の責任だ。
ハインリッヒの制止を無視して、後先考えずに飛び出した俺が悪い。
( ,,゚Д゚)「……馴れ馴れしく呼ぶなよ、悪霊」
でも、しぃを失いたくなかった。あの状況ではこうするしかなかった。
少しでも遅れていたらしぃは死んでいたんだ。
そして、今、この悪霊からしぃを救えるのは俺しかいない。
( ,, Д )「……しぃから出て行け」
(* ー )「え、なぁに?」
( ,,゚Д゚)「しぃから出て行けって言ってんだ、この悪霊!!
しぃ、聞こえてんだろ? こんな奴に負けるな、こんな事はもう止めるんだ!!」
121 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:21:15.07 ID:gqqE16SP0
(* ー )「………ぷっ、あはははははははははははははははははははははは」
悪霊が突然腹を抱えて笑いだした。
(* ー )「ふふ、君もブーンって言う人と同じ事を言うんだね。あの人には本当に苦労させられたんだよ。
最初に会った時なんてね、まだ、ツンって言う女の子の体に完全にとり憑けていないのに、
バットでこのナイフを弾き飛ばしやがったからさ、私の霊体が途中で千切れちゃったの」
( ,,゚Д゚)「そいつは良かったな」
(* ー )「酷いなぁ、とっても、痛かったんだから。
まあ、その後なんとか彼女を見つけて、半身は取り戻せたんだけどね」
話を続けながら一歩一歩俺に近づいてくる。
その姿に余裕が感じられるのは、ハインリッヒやクックルが倒れたからだろうか。
それでも、後に引かない俺は、彼女と正対しながら、左腕に違和感を感じていた。
(* ー )「それから、邪魔してくれたお礼に殺してあげようと呼び出したんだけど、
今度は憑いてた女の子の方に邪魔されちゃって。
せっかく女性の体だったのに、あの時は残念だったなぁ」
何だこの感覚は。
目の前にいるこいつが、耳障りな事を言う度に、左腕が熱くちりちりとする。
123 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:23:31.42 ID:gqqE16SP0
この熱は憎悪なのか、それとも、殺意か、悲しみか。
傷ついていた左腕から、得体の知れない感情が流れ込んでくる。
(* ー )「しょうがないから、そこで死んでる男にのり移ったの。
それで、心を食べ易いように理性をちょっと外してあげたら、
そいつ、あろう事かツンて子を食べ始めたんだよ? こんな、人間もいるんだって、私、びっく」
( ,, Д )「あああああああああああああああああああああああ」
(; ー )「ぅあっ!!」
俺は叫声をあげながら、しぃを押し倒した。
もう我慢の限界だ。
左腕から流れ込んでくる感情の波に抗う事が出来ない。
いまなら、分かる。これは愛しいものを奪われて、苦しみ怒り狂う人間の感情だ。
大切な人を奪った者に対する憎悪、壊した者に対する殺意、失った事による悲哀。
それらの感情の動きに合わせるように、俺の左腕はしぃの首を絞め上げていった。
126 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:25:06.18 ID:gqqE16SP0
(* ー )「か!!、あぅ……ん、ああっ、はっ!!」
俺の心に理性は残されてはいなかった。
左腕だけでは無い。体の全ての意志が左腕に支配されていく。
力んだ腕の傷口は開き、巻かれていたタオルを染めていく。
でも、痛みは感じない。今感じるのは、憎、殺、悲、三つの感情だけ。
このままではしぃの体も、俺の心も壊れてしまう。
(*゚−゚)「ぅう、はぁあっ、ん、い、くる、ぃいよぉ、ギコく、やめ」
そんな俺の感情の暴走は、しぃ本来の声が俺の耳に届いた時にぴたりと止まった。
体に自由が戻った俺は、すぐに首を絞めていた左腕の力を弱める。
(;,,゚Д゚)「しぃ大丈夫か!!」
(* ー )「本当に、馬鹿ね」
呟きと共に腹を下から思い切り蹴り上げられた。
か弱い少女の蹴りだと言っても、筋肉を限界まで酷使した蹴りだ。
腹筋に食い込み、内臓に直接ダメージが響く。
129 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:27:34.16 ID:gqqE16SP0
(;,, Д )「ガァッ、あ……」
(* ー )「女の子をいきなり押し倒して、首を絞めるなんてどうかしてるわよ。まったく」
(;,,゚Д゚)「ハッ、ハァ、ハッ」
腹を押さえて悶えている俺の前で、しぃはゆっくりと立ち上がる。
しかし、すぐによろけた。
その場で片膝をつき、しぃの顔に貼り付いていた笑顔が消える。
(* − )「あの人形、こんなになるまで痛めつけてくれちゃって。もうこの体も終わりね。
でも、安心して、次はあなたの中に入ってあげる」
四つん這いで痛みに耐えている俺は、近づいてくるしぃから逃げる事が出来ない。
左腕からも、もう何の感覚も感じず、ただただ血を垂れ流すだけだ。
(* ー )「じゃあ、いただきまーす」
夜天に煌くナイフの切っ先が、闇を裂いて迫りくる。
本当に無力な自分を呪った俺は、己の愚行への後悔から逃れるように目を閉じた。
「やっと、出てきたか」
132 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:28:58.64 ID:gqqE16SP0
聞こえてきた死人の声に、閉じた瞳を開くと、しぃが支えを失ったようにこちらに倒れてきた。
咄嗟にその体を受け止めた俺が見たのは、ナイフを手にしたハインリッヒの姿だ。
……あなた、死んだんじゃ!?……
从 ゚∀从「ああ、死んでるよ。元からな」
……まさか、あなたもれ、ギぃやああああああああああああああああああ……
从 ゚∀从「さっき俺の体から喰っていきやがった霊志は返してもらうぞ」
ナイフから声無き声の断末魔が響く。
そして、その元凶であるハインリッヒから逃げるように、
その刀身から少女の形をしたもやが出てきた。
ミセ*゚ー゚)リ「ハア、ハァ、ハァ……」
从 ゚∀从「へえ、まだ全然若いのに、よくそこまでの霊になれたな」
(;,,゚Д゚)「おまえ、なんで生きて?」
从 ゚∀从「不死身だって言ったろ? 一度死んだものは二度と死ねない。
俺はな、死体にとり憑いた幽霊なんだよ」
134 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:31:35.91 ID:gqqE16SP0
ナイフを手にしたままのハインリッヒは、衝撃の事実をさらっと言いのけた。
そう言えば、心臓が停止する程の刺し傷を受けたのに、出血が全く無かったのを思い出す。
死体ならば防腐処理のために血を抜くので、流れ出て来ないのは当然だ。
从 ゚∀从「結構な傷をつけてくれやがって、帰ったら縫わなきゃいけないだろうが。
悪い幽霊には御仕置きが必要だな。食事の時間だ、起きろ、クックル!!」
叫びが響き、人形が目覚める。
地面に、無造作に倒れていたクックルの椀部、脚部、背骨が糸に引っ張られるように、空中に持ち上がっていく。
最後に、俯いていた顔が勢いよく跳ねあがった。
ガラスでできた紛い物の瞳が、漂う霊に狙いを定める。
( ゚∋゚)「………」
ミセ;゚ー゚)リ「ヒッ!!」
从 ゚∀从「逃げないのか?」
ミセ;゚ー゚)リ「え?」
从 ゚∀从「狩人は逃げる獲物を狩る事に、楽しみを得るんだ。
だから、逃げろよ。俺を少しでも楽しませてくれ」
138 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:34:32.51 ID:gqqE16SP0
ミセ*゚ー゚)リ「ば、馬鹿にしないでよ!!」
霊は声を上げ、その身を動かした。
その霊体は、逃げず、俺の方に向かってくる。
今度は俺にとり憑く気だ。
しぃを守るように、彼女の体を強く抱きかかえたままの俺が、そう気付いた時には、
从 ゚∀从「狂った霊を喰らい尽くせ!! 喰ッ狂!!」
少女の霊の両足が、高速で飛びかかったクックルによって、食いちぎられた。
クックルはそのままもぎ取れた足を咀嚼し、左腕に喰らいつく。
ミセ*゚ー゚)リ「あ、ああ、あぅああ」
从 ゚∀从「狩人に向かってくるなんて、本当にお前は馬鹿だね。
あ、左腕はそのまま喰っていいから、右腕は俺に寄こせよ、クックル」
ミセ;゚ー゚)リ「ギぃあッ!!」
クックルの無機質な腕が霊体の右腕を引きちぎる。
その手を受けっとったハインリッヒはそれを口に運び、手の方からかじった。
その間にも、クックルは一欠けらも残さずに少女の霊を摂り込んでいく。
140 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:36:35.48 ID:gqqE16SP0
ミセ* ー )リ「リセ、ミ、ご、ぼォめっ………」
辞世の言葉を最後まで口にする前に、その霊体は全てを食された。
そして、主人の命令を忠実に実行した木像人形は、その場で直立した後に、動きを止める。
その頃には、ハインリッヒも受け取った少女の右腕を食べ終えていた。
从 -∀从「ふぃ〜、ごっちそうさまっと」
(;,,゚Д゚)「お、おい、どういうことだ!?」
从 ゚∀从「あん? 何がだ?」
( ,,゚Д゚)「しぃを殺して救うとか言ってたじゃねえか」
从 ゚∀从「ああ、あんなのは嘘に決まってんだろ。その子を助けるためにはな、
憑いてる霊だけを喰わなければならなかった。
そのまま、喰ったらその子の意志まで喰っちまうからな。
意志を完全に喰いつくされた人間がどうなるかおまえ、分かるか?」
尋ねられて、思考を巡らせてみる。
意志を喰われるという事は、心が無くなるという事だ。
体は正常に生きているのに、何もしようとしない、何もする事が出来ない。
142 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:38:00.60 ID:gqqE16SP0
それは、即ち。
从 ゚∀从「一種の植物人間になっちまうのさ。
だから、お前の体を餌にして、憑いてる霊をおびき出したんだよ」
( ,,゚Д゚)「じゃあ、しぃを殺そうとしたクックルを、俺が止めようとするのも……」
从 ゚∀从「だいたい想像できてたよ。
なんせ、見ず知らずの俺を、自分の身を体してまで、助けるような馬鹿だからなお前は。
まあ、クックルを止めようとしなかったら、そのままその子を殺させたがな」
クックックッ、と含み笑いを始めたハインリッヒは、
直立しているクックルに歩み寄り、その肩に手を置いた。
もう片方の手では、指先でナイフを器用に回して弄んでいる。
从 ゚∀从「それで、そんなお前の性格を考慮して、事前にクックルにこう言っといたのさ。
『そこの男が攻撃をしてきたら動きを止めろ』ってな」
そうか、だから俺の攻撃をあんなに素直に受けたのか。
もし、そんな命令がされていなかったら俺の命は軽く摘み取られていただろう。
147 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:41:08.86 ID:gqqE16SP0
从 ゚∀从「後は俺もわざと攻撃を受けて死んだふりをし、
霊がお前に移るために出てくるのを待てばいい訳だ。
本当はその子の体をもっと痛めつけて、さっきの霊に、
より確実に体を変えさせるよう仕向けたかったんだが、
意外と早く、お前が飛び出すもんだから、内心焦ったんだぞ」
つまり俺はこの女の手の中で、踊らされていた訳か。
躍起になって、この人形に体当たりをかました俺が馬鹿らしく思えてきた。
( ,,゚Д゚)「じゃあ、しぃはちゃんと元に戻るのか!?」
从 ゚∀从「もちろん、そうだ。意志を少し喰われちまってるが、
意志は、その全てを喰われさえしなければ、肉体がある限り、元には戻る。
そもそも、意志と言うものは脳が生み出すものだからな。
何かを考えようとする意志さえ喰われなければ、いくらでも意志は蘇るんだ」
( ,,゚Д゚)「……良かった」
しぃは腕の中で静かに目を閉じている。
先程までの狂気は微塵も感じられない、本当に安らかな寝顔だった。
从 ゚∀从「そういえば、その腕の使い心地はどうだった?」
腕と言われて、俺はしぃを押し倒した時の感情を思い出した。
全てを燃やしつくすような怒り。全てを破壊する憎しみ。全てを否定する悲しみ。
常人の精神では耐えられない心の流動。
現に俺も耐えきれず、一時、左腕に体を乗っ取られた。
151 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:43:05.21 ID:gqqE16SP0
从 ゚∀从「お前の左腕に位置していた意志が奴に喰われてたんでね。
クックルの左腕をぶち込んでおいてやった、感謝しろよ」
(;,,゚Д゚)「な、なんだと!? じゃあ、さっき、俺にも少女の幽霊が見えたのは」
从 ゚∀从「その手によるものだろうな」
別にそんな事は頼んでいない。正直、有難迷惑だ。
霊が見えるようになったからって、良い事なんて一つも無い。
精神障害者乙、と言われるのがオチだ。
いや、そもそもこの女は、何故わざわざそんな事をした。
こいつの話によれば、脳がある限り意志は蘇る筈だ。
( ,,゚Д゚)「なんでわざわざそんな事を?」
从 ゚∀从「気分」
(;,,゚Д゚)「………ゴルァ」
いや、そんな答えになって無い事を言われても困る。
このハインリッヒと言う女の人格が、未だに掴み切れない。
155 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:46:06.85 ID:gqqE16SP0
( ,,゚Д゚)「お前、ちゃんと、答え」
从 ゚∀从「忘れもんしてきたから、もう行くわ」
もっとこいつの事を追求しようと身を乗り出した時、
俺の次の言葉を遮るように、ハインリッヒが口を開いた。
(;,,゚Д゚)「え? おい!!」
从 ゚∀从「お前も早く帰れよ。警察に見つかったら捕まっちまうぞ。じゃあな」
( ,,゚Д゚)「あ……」
ハインリッヒはそれだけ告げると、跳ねるように走り去ってしまった。
俺をこの場所に連れて来た時とは、比べ物にならない程の速度だ。
あの時は俺がついて来れるように、速度を落として走ってくれていたのだろう。
( ,,゚Д゚)「………」
俺もこの場所にずっといる訳にはいかないので、右腕だけで上手くしぃをおぶり、立ち上がった。
そして、この場所をさっさと後にしようと歩き出した時、信じられないものを目にして息を呑んだ。
161 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:49:06.42 ID:gqqE16SP0
( 'ω`)「………」
(* ー(;,,゚Д゚)「ブーンじゃねぇか!! 生きて」
いる筈が無かった。
体の色は薄く、ほとんど透明と言ってもいい。
さらに、漂う度に霊体が少しづつ空気中に霧散していく。
少女の霊に、霊志の元となる、意志を喰われたのだ。
今、こうしてここに存在していること自体が奇跡と言える。
(* ー( ,,゚Д゚)「でも、どうして……」
( 'ω`)「謝らなければならないんだお」
(* ー( ,,゚Д゚)「謝る?」
( 'ω`)「ツンに会って、謝らないと……」
謝罪の気持ちを伝えるという、たったそれだけの事をするために、こいつは霊になったのか。
いや、今のブーンにとってはそれだけが全てなのだ。他には何も必要ない。
自分の意志では無いとしても、最愛の人を殺し、あろう事かその肉を食べたのだ。
その後悔の念を、言葉で表現する事は不可能だろう。
165 : ◆ZKiCFm8B3o :2007/05/13(日) 20:50:52.26 ID:gqqE16SP0
けれど、そのツンがどこにいるのか分からない。
普通だったら、俺の前にいるブーンのように、死体がある場所にいる筈だ。
しかし、ここにはツンの霊の姿は見当たらない。
そもそも、ツンは霊になる事が出来たのだろうか。
死ぬ時に未練を抱いていなければ、霊になる事は出来ないのだから。
(* ー( ,,゚Д゚)「ついて来いよ、ブーン」
( ^ω^)「お?」
でも、俺には心当たりがあった。
ツンは確実にあそこにいる。いや、いたんだ。
ただ単に俺としぃが気付かなかっただけで、ツンはあそこに来ていた。
(* ー( ,,゚Д゚)「お前をツンの所に連れて行ってやる!!」
【関連】
一気読み
第一話
-
第二話
-
第三話
-
第四話
-
最終話
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